「青字=解答」・「※赤字=注意書き、解説等」
問題はこちらセンター試験2015本試験『夢の通ひ路物語』問題(文法・現代語訳)
かたみに恋しう思し添ふことさまざまなれど、①夢ならで通ひぬべき身ならねば、現の頼め絶えぬる心憂さのみ思しつづけ、大空をのみうち眺めつつ、もの心細く思しわたりけり。男の御心には、まして恨めしう、あぢきなき嘆きに添へて、御子の御気配もいとつつましう、②鏡の影もをさをさ覚ゆれば、いよいよ「③あきらめてしがな」と思しわたれど、ありしやうに語らひ人さへ聞こえねば、「人わろく、今さらかかづらひ、をこなるものに思ひまどはれむか」と心置かれて、清さだにだにも御心とけてものたまはず、いとどしき御物思ひをぞし給ひける。
こなたにも御心に絶えず思し嘆けど、④何かは漏らし給はむ。御宿直などうちしきり、おのづから御前がちにて、御こころざしのになきさまになりまさるも、よに心憂く、恐ろしう、人知れず悩ましう思して、いささか御局に下り給へり。人少なう、しめやかにながめ給へる夕暮れに、右近、御側に参りて、御かしらなど参るついで、かの御事をほのかに聞こえ奉る。
「この程見奉りしに、御方々思しわづらふもむべに侍り。げに痩せ痩せとならせ給ひ、こよなく御色のさ青に見奉り候ひぬ。清さだも、久しううちおこたり侍りしを、いかに思しとぢめ⑤けむと、日頃いぶかしう、恐ろしう思ひ⑥給へられしに、⑦なほ忍びはて給はぬにや、昨日文おこせし中に、かかるものなむ侍りける。『まことに、うち悩み給ふこと、日数へて言ふ甲斐なく、見奉るも心苦しう。⑧東宮のいとかなしうまつはさせ給へば、とけても籠らせ給はぬを、この頃こそ、⑨えうちつづきても参り給はで、⑩ひとへに悩みまさらせ給へ』と侍りし」
とて、御消息取う出たれど、なかなか心憂く、そら恐ろしきに、
「いかで、かくは言ふにかあらむ」とて、泣き給ひぬ。「こたびは、とぢめにも侍らむ。御覧ぜざらむは、罪深きことにこそ思ほさめ」とて、うち泣きて、「⑪昔ながらの御ありさまならましかば、かくひき違ひ、いづこにも苦しき御心の添ふべきや」と、忍びても聞こゆれば、いとど恥づかしう、げに悲しくて、振り捨てやらで御覧ず。
「さりともと 頼めし甲斐も なきあとに 世のつねなら⑫ぬ ながめだにせよ
雲居のよそに見奉り、さるものの音調べし夕べより、心地も乱れ、悩ましう思ひ給へ⑬しに、ほどなく魂の憂き身を捨てて、君があたり迷ひ出でな⑭ば、⑮結びとめ給へかし。惜しけくあらぬ命も、まだ絶えはてね⑯ば」など、あはれに、つねよりはいとど見所ありて書きすさみ給ふを御覧ずるに、来し方行く先みなかきくれて、御袖いたう濡らし給ふ。
うち臥し給へ⑰るを、見奉るもいとほしう、「いかなりし世の御契りにや」と、思ひ嘆くめり。「人目なき程に、あはれ、御返しを」と聞こゆれば、御心も慌しくて、
「思はずも 隔てしほどを 嘆きては もろともにこそ 消えもはてなめ
⑱遅るべうは」とばかり、書かせ給ひても、え引き結び給はで、深く思し惑ひて泣き入り給ふ。「かやうにこと少なく、節なきものから、いとどあはれにもいとほしうも御覧ぜ⑲む」と、方々思ひやるにも、悲しう見奉り⑳ぬ。
問題1.⑤けむ、⑫ぬ、⑬し、⑰る、⑲む、⑳ぬ、の助動詞の文法的意味として、次の記号から適当なものを一つ選んで答えよ。
ア.使役 イ.尊敬 ウ.過去 エ.完了 オ.強意 カ.打消 キ.推量 ク.意志 ケ.勧誘 コ.婉曲 サ.打消 シ.存続 ス.現在推量 セ.過去推量
⑤セ.過去推量
けむ=過去推量の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。基本的に「けむ」は文末に来ると「過去推量・過去の原因推量」、文中に来ると「過去の伝聞・過去の婉曲」
⑫カ.打消
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形。
⑬ウ.過去
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
⑰シ.存続
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
⑲キ.推量
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
⑳キ.推量
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
問題2.⑭、⑯の接続助詞「ば」の意味・用法として適当なものを次の記号から選びなさい。
ア.原因・理由 イ.偶然条件 ウ.恒常条件 エ.仮定条件
ば= 接続助詞
直前が已然形だと確定条件となり、①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかである。
直前が未然形だと④仮定条件「もし~ならば」である。
⑭エ.仮定条件
直前に完了の助動詞「ぬ」の未然形が来ている
⑯ア.原因・理由
直前に打消のじょどうし「ず」の已然形が来ている。
問題3.「⑥給へられし」を例にならって品詞分解し、説明せよ。
例:「い は/れ/ず。」
いは=動詞・四段・未然形
れ=助動詞・受身・未然形
ず=助動詞・打消・終止形
⑥品詞分解:「給 へ/ら れ/し」
給へ=動詞・下二段・未然形
られ=助動詞・自発・連用形
し=助動詞・過去・連体形
「給へられ」については、文脈を考慮しないままだと、2つの解釈がある。
①「給 へ/ら れ」
給へ=補助動詞下二段「給ふ」の未然形、謙譲語。動作の対象である男君を敬っている。敬語を使った右近からの敬意
られ=自発の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形
②「給 へ/ら/れ」
給へ=補助動詞四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である右近を敬っている。敬語を使った右近からの敬意
ら=完了・存続の助動詞「り」の未然形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
れ=受身・尊敬・自発・可能の助動詞「る」の連用形、接続は未然形
②の解釈だと右近が自尊敬語(自分で自分を敬うこと)を使ったことになり、明らかにおかしい。自尊敬語は天皇クラスの人間でない限り使わない。よって①が正解
※「たまふ」は四段活用と下二段活用の二つのタイプがある。四段活用のときは『尊敬語』、下二段活用のときは『謙譲語』となるので注意。下二段活用のときには終止形と命令形にならないため、活用形から判断できる。四段と下二段のそれぞれに本動詞・補助動詞としての意味がある。
※「らる」の接続は未然形であるが、四段・ナ変・ラ変動詞以外の未然形に限られる。四段・ナ変・ラ変動詞の未然形のときは「る」が用いられる。「らる」の接続は未然形の中でも語尾の発音が「e(エ)・i(イ)」のものであり、「る」だと語尾の発音が「a(ア)」のものであると考えると良い。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
問題4.①夢ならで通ひぬべき身ならねば、②鏡の影もをさをさ覚ゆれば、③あきらめてしがな、④何かは漏らし給はむ、⑦なほ忍びはて給はぬにや、⑧東宮のいとかなしうまつはさせ給へば、⑨えうちつづきても参り給はで、⑩ひとへに悩みまさらせ給へ、⑪昔ながらの御ありさまならましかば、⑮結びとめ給へかし、⑱遅るべうは、の現代語訳を答えよ。
①夢でないときに通える身ではないので
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。基本的に文脈判断。
②鏡(に映った自分)の顔も(皇子に)はっきり似ているだと思われるので
をさをさ=副詞、しっかり、はっきり。(下に打消の語を伴って)すこしも、めったに
覚ゆれ=ヤ行下二の動詞「覚ゆ」の已然形。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。
③(皇子が自分の子なのかどうかを)はっきりさせたい
あきらめ=マ行下二段動詞「明らむ」の連用形、はっきりさせる、明らかにする。晴れ晴れとさせる。
てしがな=願望の終助詞、~たいなあ
④どうして(その悩みを)漏らしなさるだろうか。(いや、なさらない。)
か=反語・疑問の係助詞、結びは連体形。係り結び
は=強調の係助詞。現代語でもそうだが、疑問文を強調していうと反語となる。「~か!(いや、そうじゃないだろう。)」なので、「~かは・~やは」とあれば反語の可能性が高い。
⑦やはり(男君は)我慢しきれなくていらっしゃるのでしょうか
はて=補助動詞タ行下二段「果つ」の連用形、すっかり~する、~し終わる。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。「侍らむ/候はむ」が省略されていると考えられる。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など
⑧皇太子がとても可愛らしくまといつきなさるので
東宮=名詞、皇太子、帝の子
かなしう=シク活用の形容詞「愛し/悲し」の連用形が音便化したもの。いとしい、かわいい。悲しい
まつはさ=サ行四段動詞「まつはす(纏はす)」の未然形、付きまとう、まといつく。まといつかせる、絶えず傍に付き添わせる
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。すぐ下に尊敬語が来ていないときは必ず「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給へ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である東宮を敬っている。敬語を使った清さだからの敬意。
⑨連続して(宮中に)参ることもお出来にならず
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない。」
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。清さだからの敬意。
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である男君を敬っている。清さだからの敬意。
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
⑩一層苦しみが増していらっしゃる
まさら=ラ行四段動詞「増さる・勝る」の未然形、増える、多くなる。優れる、勝る
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。すぐ下に尊敬語が来ていないときは必ず「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給へ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である男君を敬っている。敬語を使った清さだからの敬意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。命令形ではないので注意。
⑪(もし今でもお二人の関係が、)昔のままのご様子であったとしたら
ながら=接続助詞、次の①の意味で使われている。
①そのままの状態「~のままで」例:「昔ながら」昔のままで
②並行「~しながら・~しつつ」例:「歩きながら」
③逆接「~でも・~けれども」 例:「敵ながら素晴らしい」
④そのまま全部「~中・~全部」例:「一年ながら」一年中
ましか=反実仮想の助動詞「まし」の未然形、接続は未然形。反実仮想とは事実に反する仮想である。
ば=接続助詞、直前が未然形だから④仮定条件「もし~ならば」の意味である。
⑮(あなたのもとに)結びとめてくださいよ
給へ=補助動詞「給ふ」の命令形、尊敬語。動作の主体である女君を敬っている。敬語を使った男君からの敬意
かし=念押しの終助詞、文末に用いる、~よ。~ね。
⑱遅れるつもりは(ない)。
べう=意志の助動詞「べし」の連用形が音便化したもの
は=強調の係助詞。直後に「無し」が省略されていると考えられる。
現代語での「そんなはずは(ない)。」と言ったりするのと同じ感覚ではないかと思われる。