堤中納言物語(つつみちゅうなごんものがたり)…約10編ほどで構成されている短編物語集。
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら堤中納言物語『虫めづる姫君』(1)解説・品詞分解
目次
(1)蝶めづる姫君の住みたまふ傍らに、~
蝶めづる姫君の住みたまふ傍らに、按察使(あぜち)の大納言の御むすめ、心にくくなべてならぬさまに、
蝶をかわいがる姫君が住んでいらっしゃる(家の)そばに、按察使の大納言の娘様(が住んでおられるが、そのお方は)、奥ゆかしく、並々でない様子であって、
親たちかしづきたまふこと限りなし。
両親が大切に育てていらっしゃることはこの上ない。
この姫君ののたまふこと、「人々の、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。
この姫君がおっしゃることには、「人々が、花や蝶やとかわいがるのは、あさはかで不思議なことです。
※この姫君=按察使の大納言の御娘である虫めづる姫君のこと
人は、まことあり、本地たづねたるこそ、心ばへをかしけれ。」とて、
人には、誠実な心があり、本質を探究してこそ、心の様子も趣があるのです。」と言って、
よろづの虫の、恐ろしげなるを取り集めて、「これが、ならむさまを見む」とて、
いろいろな虫で、恐ろしそうなのを取り集めて、「これが成長して変化する様子を見よう。」と言って、
さまざまなる籠箱どもに入れさせたまふ。
さまざまな虫かごに入れさせなさる。
中にも「烏毛虫(かはむし)の、心深きさましたるこそ心にくけれ」とて、
中でも、「毛虫が趣深い様子をしているのは奥ゆかしい。」と言って、
明け暮れは、耳はさみをして、手のうらにそへふせて、まぼりたまふ。
開けても暮れても、額髪を耳の後ろにはさんで、手のひらの上にはわせて、じっと見つめていらっしゃる。
※身分の低い女性は下働きをするので、邪魔になる前髪を耳に挟んでいた。貴族の娘である姫君に似つかわしくない格好である。
若き人々はおぢ惑ひければ、男の童の、ものおぢせず、いふかひなきを召し寄せて、
若い女房達は、怖がってうろたえたので、男の子の召使で、物怖じしない、身分の低い者を近くに呼び寄せて、
箱の虫どもを取らせ、名を問ひ聞き、いま新しきには名をつけて、興じたまふ。
箱の虫たちを取らせ、虫の名を問い聞き、新たに初めて見る虫には名前をつけて、面白がりなさる。
「人はすべて、つくろふところあるはわろし。」とて、眉さらに抜きたまはず、
「人はみな全て、取り繕う所があるのはよくない。」と言って、眉毛を全くお抜きにならず、
歯黒めさらに「うるさし、汚し。」とて、つけたまはず、
お歯黒も、「わずらわしい、汚い。」と言って、いっこうにおつけにならず、
いと白らかに笑みつつ、この虫どもを、朝夕に愛したまふ。
たいそう白い歯を見せて笑いながら、この虫たちを、朝夕かわいがりなさる。
人々おぢわびて逃ぐれば、その御方は、いとあやしくなむののしりける。
(姫君にお仕えしている)人々が怖がりうろたえて逃げると、姫君は、たいそう異様な様子で大声を立てて叱るのだった。
かくおづる人をば、「けしからず、はうぞくなり。」とて、
このように怖がる人を、「感心しない、下品だ。」と言って、
いと眉黒にてなむ睨みたまひけるに、いとど心地惑ひける。
たいそう黒い眉でにらみなさったので、ますますうろたえるのだった。
(2)親たちは、「いとあやしく、さま異におはするこそ。」と思しけれど、~
親たちは、「いとあやしく、さま異におはするこそ。」と思しけれど、
両親は、「たいそう風変わりで、(姫君の)様子が普通とは異なっていらっしゃるのは(困ったことだ)。」とお思いになったけれども、
「思し取りたることぞあらむや。あやしきことぞ。
「深く考えておられることがあるのだろうよ。風変わりなことだ。
思ひて聞こゆることは、深く、さ、いらへたまへば、
(ふるまいを改めるよう、姫君のためを)思って申し上げることは、真剣に、そのように、お答えになるので、
※親たちが姫君のためを思って身のふるまい方を改めるよう言っても、姫君は真面目に独自の理屈をもっており、反論されるということ。
いとぞかしこきや。」と、これをも、いと恥づかしと思したり。
たいそう恐ろしくて近寄りがたいよ。」と言って、この事についても、たいそう恥ずかしいとお思いになっている。
※姫君の普通でない様子の事だけでなく、姫君のためを思って言ったことに対して反論してくる事についても、恥ずかしいと思っているということ。
「さはありとも、音聞きあやしや。
「(姫君の言う理屈が)そうではあっても、世間での評判が悪いことですよ。
人は、見目(みめ)をかしきことをこそ好むなれ。
人は、見た目のすばらしいことを好むものです。
『むくつけげなる烏毛虫を興ずなる。』と、
『気味の悪い毛虫を面白がっているそうだ。』と、
世の人の聞かむもいとあやし」と聞こえたまへば、
世間の人達が聞くのもたいそうみっともない。」と、(親たちが姫君に)申し上げなさると、
「苦しからず。よろづのことどもをたづねて、末を見ればこそ、事はゆゑあれ。
「かまいません。すべての物事を追求して、行く末を見るからこそ、物事には趣き(面白さ)があるのです。
いとをさなきことなり。烏毛虫の、蝶とはなるなり。」
(そういったことも理解しないなんて)たいそう幼稚なことです。(このとおり)毛虫は、蝶になるのです。」
そのさまのなり出づるを、取り出でて見せたまへり。
毛虫が蝶に成長して変化するのを、取り出して見せなさった。
「きぬとて、人々の着るも、蚕のまだ羽つかぬにし出だし、蝶になりぬれば、
「絹だと言って、人々が着るのも、蚕がまだ羽化しないうちに作り出し、蝶になってしまうと、
いともそでにて、あだになりぬるをや」とのたまふに、
たいそうおろそかにして、無駄なものになってしまうのに。」と(姫君が)おっしゃるので、
言ひ返すべうもあらず、あさまし。
(両親は)言い返すこともできず、あきれている。
さすがに、親たちにもさし向ひたまはず、
そうはいうもののやはり、両親に直接面と向かうことはなさらず、
「鬼と女とは、人に見えぬぞよき。」と案じたまへり。
「鬼と女とは、人に見えないのが良い。」と、(うまい文句を姫君は)考えていらっしゃる。
母屋(もや)の簾(すだれ)を少し巻き上げて、几帳(きちょう)出で立て、かくさかしく言ひ出だしたまふなりけり。
母屋の簾を少し巻き上げて、几帳を押し出して、こんなふうに利口ぶっておっしゃるのであった。
(3)この虫どもとらふる童べには、~
この虫どもとらふる童べには、をかしきもの、かれが欲しがるものを賜へば、
この虫どもを捕まえる子供達には、趣のある物や、その子が欲しがる物をお与えになるので、
さまざまにおそろしげなる虫どもをとりあつめて奉る。
(子供達は)さまざまに恐ろしそうな虫を採集して(姫君に)差し上げる。
「かは虫は、毛などはをかしげなれど、おぼえねば、さうざうし。」とて、
「毛虫は、毛などは趣深くて良いけれど、(毛虫に関する故事や詩歌が)思い浮かばないので、物足りない。」と(姫君は)言って、
いぼじり、かたつぶりなどをとりあつめて、歌ひののしらせて聞かせ給ひて、
カマキリやカタツムリなどを採集して、(子供たちに)大声で歌い騒がせてお聞きになって、
われも声をうちあげて、「かたつぶりの、つのの、あらそふや、なぞ。」といふことをうち誦じ給ふ。
姫自身も声を上げて、「カタツムリの、角の、争うのは、なぜなのか。」というようなことを歌いなさった。
童べの名は、例のやうなるはわびしとて、
子供達の名前は、よくあるありきたりな名前なのはつまらないと言って、
虫の名をなむつけ給ひたりける。
虫の名前をお付けになった。
けらを、ひきまろ、いなかたち、いなごまろ、あまひこなどなむつけて、召し使ひ給ひける。
けらお、ひきまろ、いなかたち、いなごまろ、あまひこ、などと名付けて、召し使いなさった。
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